知立神社 公式ホームページ

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多宝塔

多宝塔 永正6年(1509)重原城主山岡伝兵衛によって再建された多宝塔(二重塔)。

明治時代の廃仏毀釈を生き延びた神社における仏塔は全国的にも数少なく、国の重要文化財建造物に指定されている。

宝物

社宝として次のものが伝わっています。平安時代の舞楽面。鎌倉時代の能面と「知立神社扁額」。室町時代の獅子頭、松平清康寄進状。戦国時代の徳川家康寄進状、お万の方書状。江戸時代の「永見家家譜」(永見家は旧社家で越前松平家藩祖秀康公の生母お万の方の生家)、雨乞い蛙の面など。 これらは、毎年春の花しょうぶ祭に期間中、社務所内宝物展会場で見ることができます。

神池

この神池は江戸時代に当地が「池鯉鮒宿」と表記されていた元とも言われ、今でも多くの鯉が見られる。享保17年(1732)に造られた石造りの橋が架かる。鯉が眼病を患った長者の娘の身代わりになったという「片目の鯉」の伝説地でもあります。

芭蕉の句碑

俳聖松尾芭蕉が当地を詠んだ「不断たつ池鯉鮒の宿の木綿市」の句碑は、池鯉鮒出身の門人井村祖風が建てたものです。

養正館

明治18年に明治用水土功組合の庁舎として建てられ、愛知県下で行われた陸軍大演習の際には明治天皇の休憩所となりました。文化財指定はありませんが当地方で明治時代前期の建造物は数少なく貴重です。